サイトトップへ 体験記トップへ mail to Jimbo 2006.08.15.


マレーシアに来ました
          〜Jが再びマレーシアに来た理由(ワケ)


久しぶりの体験記。何と言い訳してよいのか?ちょっとサボり過ぎ??(苦笑) 気が付けば「体験記」は、一年以上更新してなかった。でも、マレーシア生活では時間に余裕が出来そうなので、目標は月イチ更新で書いていきたいと思います。更新できてない時は、是非突っ込みを入れてもらえると緊張感が持てて嬉しい(笑)

さて本題。4月JICAの活動で一ケ月間だけマレーシアを訪れたことは、js−pageを訪れてくれる人は知ってくれてるはず。それでは、どのような経緯で参加に至ったのか?から説明したい。実はJICAがボランティアで車椅子バスケのコーチを探していることは、結構前から知ってたこと。でも、既に数年前から太陽の家(大分県にある福祉団体)関係の方々がボラ活動をしていることも知っていたし、「あえてJが行かなくても誰かいるだろう・・」と、最初は気にも留めなかった。

ある時、日本の障害者スポーツ協会に勤める友人から連絡を貰い、「マレーシアのコーチ要請があるが希望者がいないため、行く気はないか?」と、直接打診を受けた。もちろん、チャレンジ大好きのJが興味を示さないはずがない(笑)この時点で行く気マンマンだったのだが、実は裏話があった。本来JICAは長期のボラを募集したい意向があったのだが、何せ障害者のボランティア派遣経験がなかったため、「とりあえずひと月の体験」をして、長期に耐えうる場合は再度派遣したいという話しだった。で、最初はひと月だけ行くことになったのだけど、Jの中では最初から長期の方が仕事上の都合もいいのに・・・って、“行く前は”思った。

マレーシアに来てからの事は、結構なペースで「独り言」にも書いてきたから、細かいことの紹介は省かせてもらうんだけど、Jにとってはひと月のマレーシア生活が色んな事を考える時間になった。生まれて初めて訪れた発展途上国(正確には中進国)は、想像してなかった事がたくさん。最初に飛行で来た時、空から見たマレーシアは近代的な建物も多かったし「意外と進んでる!」って思ったんだけど、実際暮し始めてみると色んな意味で様々な壁を感じたし、遅れているとしか言いようのない現実も多く知った。 

正直言えば、バスケットの指導は二の次かも。こんなこと書いて誤解を受けたらマズイね?(笑) もちろん、年末に開催されるフェスピックに向けて情熱を注いでいくつもりだし、マレーシアに車椅子バスケの知識を伝え残していきたいという思いはある。それは、JICAが派遣してくれた一番の目的でもあるだろう。でもそれとは別に、ひと月の間に強い使命感が芽生えたんだ。多分それが無ければ再びマレーシアに戻ろうなんて考えなかったと思う。だって、マレーシアは実際に住んでみたら、決してエキサイティングな場所ではなかったし、日本にいる方がたくさん楽しみを見つけられると思うから。 

では、何がJを戻らせたのか?? それは、20年前にJ自らが経験した苦しみに似ている状況があったから。 PLPP(Jが指導している職業訓練校)に入所している若い連中は、潜在的に凄いパワーを持っているにも関わらず、そのパワーを向ける先が無い。きっと仕事をさせれば、人一倍頑張るに違いない。なのに、彼らは仕事も持てず、移動手段に欠かせない車も持てず、ただ何気なくセンターで隔離されたかのように暮している。しかも、障害者は世間のお荷物的存在で、障害者が健常者と呼ばれる人と結婚するというだけでニュースになる!Jも20年前の日本で彼らと同じような悩みを持ち(多少理由は違うけど)同じように家に閉じこもり、車椅子に優しくない街に戸惑い、後ろ指を指されたことも少なくなかった。

でも、バスケットと出会い、バスケットを頑張ったことで、少しずつ前向きになれたし、自分自身も社会も変えていく事ができた!と思っている(笑) そして、最後には「俺の人生最高!」と思えるようにまで至った。だからこそ、その考えと思いを奴らに伝えたいと思った。この国に障害者の存在を知らせ、何でも出来るということを証明するのは、彼らスポーツを頑張っている若者だと思う。Jは少しでもそれを伝えたいし、彼らの心に火を付けたい! 実は日頃から彼らに言い続けている事がある。それは「施設に入り浸らず、外へ出ろ!」って。それから、「仕事も金も無いと嘆いているばかりでなく、少しは自分で作ることも考えろ!」ってね(笑)確かに簡単じゃないことは分かる。この国の事情だってあるだろうし、されど途上国なのだから。ただ、諦めていたら何も変らないでしょ?

実は少しずつ嬉しい事が起こっている。まず、「日本語を教えてくれ!」と言ってきたヤツがいること。彼は将来ビジネスを始めるにあたり、日本語は必須だと考えているらしい。もちろん喜んで教えている。しかも、覚えが速く2、3度教えると言い方と意味の両方を覚えてしまう。更に、「強制はしないが時間を持て余しているならバスケをしよう!」と声を掛けたら、休みの日も選手が集まるようになった。そして、車椅子で30分も掛かるショッピングセンターに行き、店にいる多くの人に声を掛け、活動的にもなっている気がする。もちろん全員じゃないし、別の(または新たに出てきた)問題も少なくないんだけど、何も起こらないよりはましかなって思う。(笑)別に自分の考えを押し付けるつもりなんて無いけど、声を大にして伝えるくらいはいいよね?

最後に、実は日本を発つ前に行ってきた講演会の場でも話したんだけど、Jがマレーシアに行くのは正義感や奉仕の精神だけじゃないって事を書きたい。個人的な意見なんだけど、ボランティアなんて、自分に気持ち(意思)がなければする必要ないと思う。これも誰かに聞いた言葉の請負で「本当のボランティアは、“やってあげる“なんて恩着せがましい気持ちでやるもんじゃない!」ってさ。JICAのボランティアを始めて、Jも最近特にそう思うかな。だって、マレーシアの環境は良い方だと思うけど、色んな人に話しを聞くとアフリカなんて酷い生活を強いられる訳だし、多くの人が大病に掛かったり、時には死に掛けたりするんだよ。単なる正義感や偽善者意識で務まる訳が無い。

だから、きっと途上国にボラで来る人には、何か自分が来たいと思う大きな理由(ワケ)があるはず。 それは、自分の人生経験を増やしたいと思う気持ちかも知れないし、自分自身に対するチャレンジ精神かも知れない。もしかすると、“自分探し・・“なんていう、ロマンを求めてくる人もいるのかなぁ?(笑) Jは自分が感じた使命感と、その思いを伝えたかったから、気持ちは100%自分持ち。つまり、Jが来たワケは、マイポリシーである「自分らしく、自分のために、自分の人生を生きる」を貫くため。いつも単純明快(笑)




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