サイトトップへ 体験記トップへ mail to Jimbo 2003.12.10.


久しぶりの国際マッチ
          〜俺は高さでも勝負できる!

 えーと、最近「独り言」に関しては順調に更新が出来ているんですが、体験記を更新するのは8月以来となりました。その間に体験記で書きたいと思った出来事が幾つかあったのですが、結局書けずに過ぎてしまいました。でも、チャンピオンズカップの話題は外せないよ!? だって、バスケマンJのJによるJs−pageで、この話題を取り上げなきゃ「何について書くんだよ!」って、ことになってしまうから。  大会終了後、少し時間は過ぎてしまったけど、じっくり考えるための時間になりましたよ。また、バスケ仲間のOさんが試合のビデオをコピーして分けてくれたんで、じっくり観て自分のプレーを振り返ることも出来ました。この場を借りてOさんにお礼させていただきます。

さて、いきなり核心に触れるのですが、2年ぶりに全日本へ復帰して、交流大会ではあるものの国際マッチを戦った、J自身についての評価や展望ですが、一言で言えば「俺は高さで勝負もできるし、まだまだ世界で戦える!」ということ。 正直言って全日本の復帰に際して、やる気や気力はあるものの不安材料があった。 だって、昨年ゴールドカップの前後は自分が世界でやる自信を失っていたし、日本が世界と対等に渡り合えるようになるのも、きっと今のジュニア選手達が、より良い環境を手に入れて成長した頃になるだろうと思っていた訳だからね・・・。

韓国戦、ベンチからのスタートだったのですが、気持ち的には非常に充実していたし集中出来たと思います。声も出ていたと思うし、チームメイトの活躍を素直に喜べた。 そして、何よりもそんな中で「俺もプレーに参加したい!」って、強く思っていた自分自身に安心した。そう、その頃の「独り言」でも書いたけど、実は練習不足での調整不足は否定できない状態だった。でも、そんなこと言っても始まらないから、とにかく「今出来ることを精一杯頑張ろう!」と思って大会へ望みました。しかし、仮に交流大会でも全日本のユニホームをきてプレーするにあたり、“練習不足・調整不足”は大きく反省すべきポイントです。だから、これが一つ目の課題。 それから、シュートにしてもパスにしても思い切りが欠けていた。それは試合のいたるところで自分自身が感じていたんで、“積極性“が二つ目の課題。

イタリア戦、この試合も気持だけ?は充実してたね(笑) それに自分の中では「積極性を持ってプレー!」と、思って挑んだけどそれも出せたと思う。  序盤追い上げている場面で積極的にシュートを2本ネジ込めたのは大きい。それに、シュートこそ落したけど、ゴール下で周囲を3人の敵(うち2人がビッグマン)に囲まれながらも、ポジション取りが良かったせいでカットせれずにシュートが打てた。しかも、かなり冷静にそれらの状況を見ながら、「やっぱり俺も高さで勝負できるじゃん!」って思いながらシュートを放ったんだけど、あれはかなり自信につながったプレーだった。それにシュートを落した理由もはっきりしていて、やっぱり片手でのシュートはぶれるし苦手。でもねーーー、言い訳に聞こえてしまうかも知れないけど、ここがクラス3センターのツラさなんですよ。 下(車輪等)で敵の選手に押し込まれたりすると、状態を保つことができないのですよ。

 だから片手で車椅子に捕まりながら打ったんだけど、結果は外れた。 もちろん、それでもネジ込む気合と練習が必要なんだけど、あの時は全て一連のプレーが自分で理解できていたので、かなり納得できました。 ただ・・・・・・・・、この試合は出場時間が長かったことが原因か? DFで流しているシーンを幾度と無くビデオで確認したんで、精一杯プレーしていなかった自分にムカつく。外から見ると良く分かってしまうんですよね(苦笑) この“怠慢DF”が、三つ目の課題。


オーストラリア戦 4・3・3・3・1(大島、是友、三宅、神保、京谷or杉浦)でのパターンで、機能しなかった部分の時間帯が一番印象に残っています。このパターンは、クラス1のパートを除くとアトランタパラの頃からやっているシステムで、ある意味一番機動力があって穴が少ないシステムではないかと思うわけです。高さもそこそこで、全員が動けるしシュートも狙える。しかし、時にはそれが仇になるというか・・・・。 このシステムだと誰がキーマンになるのかが不明確になり、役割分担でのバランスが悪くなるケースがある。 うまく噛み合えば爆発力もあるし、凄く魅力的なシステムだと思うのですが、なかなか難しいよね。 みんなの年齢も近いから、もっともっとコミュニケーションを取っていけば、きっと機能するようになると思うので、これは次の合宿にでも確認したいと思っている。 この試合の最終的なスコアでは3点差での敗退だったけど、今は勝敗とか得点差で何かを判断することよりも、チームの方向性やシステムの確認を出来たことが一番の成果だと思う。 


総評 冒頭にも書いたけど、この大会で自分の気力と課題が明確にできたことが一番の収穫です。アメリカでプレーした経験から、自分より大きな選手とやり合っても変なプレッシャーを感じなくなっていることも分かった。それ以上に余裕を持ってプレー出来ている自分に驚いた場面もあった。 ただし、本当にOFもDFも課題は多かった。細かく書けばキリが無いくらいの反省点があるよ。 その中でも、何より身体を作り直さないと世界では戦えないと実感したんで、やっぱり基本に戻ってトレーニングを積んでいこうと強く思いました。 また、日本チームの実力が上がっていることも実感できたことが嬉しい。 それは今回メンバーに入っていた選手はもちろん、周囲で見守ってくれていた多くの選手や観客の方々にも感じて貰えたのではないかな?

去年の夏にJは仕事で北九州を訪れて、連日ゴールドカップを観戦しました。 あの時は複雑な気持ちで全日本チームの試合を観戦してたこと想い出します。 そして、今回チャンピオンズカップに出場することが決まった時から、本当に色んな思いを巡らせてました!(苦笑)  でも、だからこそ、今のJがあるのだと思っているし、皆さんにもそう思ってもらえると嬉しいかな。 充電期間をおいて復活したJは、自分の気持ちに偽りがなく、より自分らしく充実した気持ちの中でJAPANのユニホームに袖を通すことができました。 まあ、多くの課題は残したものの、まずはそのことが嬉しい。

ゴールドカップ2002,全日本を観戦するYASUとJ 全日本として復活、チャンピオンズカップに出場


最後に、北九州ってスゴイし、有り難いよねー。こんなに素晴らしい大会を開催してくれるでしょ。 しかも、信じられないくらいの観客が入るから、自分自身も参加できることに誇りを感じるし、世界中の車椅子バスケ選手に対しても自慢できる大会だと思う。 多分昨年のゴールドカップを成功させたことが大きいのだろうけど、北九州市って本当に車椅子バスケに理解と興味がある市だなーって感じる。 また、奇遇なんだけどJは今年の9月から北九州に、ほど近い飯塚市へ転勤で引っ越してきたので、一応地元開催ということになりました。そして、応援してくれる人も多かった!! 確かチャンピオンズカップは、少なくてもあと2年は続くと言うことだし、Jの転勤生活も2年くらいは続くと思うので、毎年この大会に日本代表で出場することを目標に掲げて頑張っていきたいです。そのうち“にわか九州男児”も本物になるかも知れないよ(笑)

とりあえず復活。そして、アテネに向けて発進!



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