サイトトップへ 体験記トップへ mail to Jimbo 2003.07.06.


北海道深川キャンプ
          〜「もっと俺が勉強しなきゃ!」と思った日

 本州のうざい梅雨から抜け出して、行って来ました北海道! なーんて、実は北海道でも雨の日が多くて肌寒い毎日でしたよ。聞くところによると、Jが訪れる前日までは暑い日が続いていたらしいのです。やっぱ雨男は健在かなーって(笑) でもねー、今回の北海道巡業も色んな事があったし、本当に充実した旅となりましよ。だから「書きます!」、久々の体験記“J in 北海道”編。

 今年は東北巡業の時間が取れなかったので、茨城の大洗港からフェリーに乗って北海道を目指しました。今回乗船したバルナという船は、エレベーターや車椅子用トイレもついており、超快適に過ごすことができました。Jの場合、いつもフェリーは2等客室(一番安い雑魚寝部屋)を利用するのですが、今回はシーズン前ということで客室はガラガラ。乗船後は、すぐにパソコンを開いて週末のキャンプに関わるカリキュラムを見直し。その後は会社に戻ってから提出する資料作りやメールの返事書きなんかをしながら過ごしました。翌朝は早起きをして大浴場で海を眺めながら入浴し、昼の到着までは読書三昧。我ながら乗船中の18時間は無駄なく有意義に過ごせて大満足ですよ。でも、船によっては階段しかない場合もあるらしく、車椅子の人が乗船する時は要チェックです。

 苫小牧港からは高速道路にのって一路旭川へ向かいました。高速のインターには同志(ダスキンの奨学金制度でカナダにスポーツ留学した)ミツ君が迎えにきてくれました。その後、2台連ねて市内まで向かったのですが、Jは途中の雄大な景色に目を奪われてしまい、よそ見運転の連発で危なかったー。それにしても北海道は素晴らしい自然がいっぱいあって、多くの場所でコロラドの雄大な景色と重ね合わせながら感動に浸りましたよ。 そして、久々にお邪魔した旭川の練習では、昨年の巡業時に購入していただいたバスケ車を2台見ることができました。乗ってくれているのはキャプテンのタカ(柏川君)と、高校生選手の亨。 実は、当時発売前の新型車椅子だったBWAを、J自身も初めて採寸したのがこの2人の車椅子なのです。だから、とても思い出に残っていたし、2人が実際に使用してくれているのを見て、何だかとても嬉しかったです。 ちなみに練習の後は、みんなで焼肉屋に行って夕飯ですが、お酒は飲んでないかな。

 翌日は札幌ノースウィンドの練習会場にお邪魔しました。このチームにも昨年の巡業でバスケ車を購入してくれている田島さんがいるのですが、この人も素晴らしい!現在51歳という年齢なのですが、バリバリの現役で頑張っておられるのです。しかも、コーチをしている松田君に聞いた話なのですが、「田島さんは、いつも人より早く来てウエイトトレーニングやシューティングをしている」だって。 情熱があれば年なんて関係ないんだなーって、改めて実感しましたよ。そして、Jはそんな熱い人にバスケ車を販売することが出来たと思うと、本当に嬉しいし光栄です。夜は田島さんをはじめ、チームの面々と居酒屋に行って熱く語り合いながら北の味を堪能しました。最後は熟したあまーーいメロンの味が忘れられない。ごちそう様。ちなみにお酒は・・・・・・・ちょっとだけ(苦笑)

 さーて、翌日からはメインイベントのキャンプです。会場は深川インターを降りてすぐの「北海道青年の家」でした。ここは道立の総合研修施設で、宿泊施設や食堂も完備されており、殆どタダ同然で借りることができるそうです。多少利用に関する規則が厳しくて細かいのですが、それでも大変利用価値の高い施設です。

 キャンプは道内5チーム(健常者プレーヤー含む)の、比較的若手の有志が集まって開催されました。全部で20人強の参加者があったのですが、一番遠い人で片道5時間近く掛けて来てくれたことを知って驚きました。このキャンプはミツ君や札幌の松田君など、スタッフも若い人が中心となって北海道のレベルアップを目指して企画されたそうですが、そういう動きは全国アチコチで沸いてきているように思うし、車椅子バスケを愛する人たちがこんなにもたくさんいることを知れたことも大きな収穫です。きっとこの仕事に就いて全国を回ることが無ければ、一生知ることが出来なかった事かも知れません。バスケが縁で、こんなにもたくさんの人達と出会えたり、語り合える機会を得ることが出来ることに感謝。でもねー、本当はもっと話したいこともあるし、話したい人もいるんですよ。でも、時間が無かったり、話せるようになるまで少し時間が掛かってしまう人もいて、まだまだ満足はしてないかな。

 この会場に、特別参加の選手が遥々函館から来てくれました。彼の名前は恵太といって、昨年参加させていただいたバラエティークラブのジュニアキャンプで知り合った中学生なのですが、わざわざJと会いに来てくれたのです。彼は昨年秋の巡業時にも旭川まで来てくれたのですが、今回もご両親と一緒に車で6時間近く掛けて来てくれました。良くJ’sページの「独り言」にも感想を入れてくれているので、知ってくれている人も多いかな。彼のパワーにはいつも感心するのですが、今では彼に会えるのが北海道に来る時の楽しみになりました。夜、彼と一緒に記念写真(デジカメ)を撮ったのですが、メモリーカードが外れていたようで、写っていなかったのが残念でしたよ。Jのデジカメはモニターが壊れているので、その時に写りを確認できないのが・・・。今度こそデジカメを直そ。

 初日のキャンプを始める前に、Jはキャンパーに対して4つの課題(目標)をお願いしました。@基本的なプレーを充分理解する A正確なプレーを意識すること B大きな声を出すこと C思いきりバスケを楽しむこと!です。 また、1日半という短い時間のキャンプなので、@1人で出来るスキルアップの方法紹介 A1対1から2対2までのOFとDFのスキル紹介 Bプレー中の切り替えの重要性について、ポイントを置いたメニューを組みました。 そんな中でキャンプを進めていったのですが、みんな課題を意識しつつ、一生懸命バスケを楽しんでくれたと思います。しかし、一つだけ気になった点がありました。それは“声“です。なぜか声だけが出ていないのです。Jが一人で声を上げて盛り上げているのですが、なかなかついてきてくれない・・・・。思い悩んだJは、初日の晩にミツ君や松田君に相談しました。すると、彼らは「みんないつもよりは声が出ているんですよ!」と。詳しく聞けば、北海道の土地柄のようなもので、あまり闘争心をむき出しにしたプレーや大声を出すことに慣れていないというのです。なるほど。確かに彼らはキツイ練習に文句を言うどころか、楽しそうに一生懸命プレーしているのです。それに、心なしか時間が経つにつれて、声が出るようになってきているようでした。でも、最後にあえて提案しましたよ。確かに土地柄っていうのもあるかも知れないけど、どこでプレーしていようがバスケに変わりは無いし、バスケのようなチームプレーには声のコミュニケーションが必要不可欠なのです。だからこそ「もっともっと声を出そう!」ってね。キャンプ全体を通してみれば、みんな着実に成長していることが分かったし、まだまだ大きくもなれる選手達だと思うので、ぜひ乗り越えて欲しい壁かなーって、思っています。

 それと、このキャンプ中に美唄の病院に勤務する、泌尿器科医の森田先生による講義の時間もありました。講義の内容は排尿や膀胱障害の話、排便機能障害の話、じょく槽(床ずれ)の話、スポーツ障害の話、熱中病の話など、広い分野に渡っての講義がありました。これは、Jが関わるサマーキャンプでも課題となっているのですが、脊損のスポーツ選手にとって非常に重要な部分でありながら、意外と選手の意識が低い部分なのです。例えば床ずれが出来ているのにプレーを続ければ、その後何ヶ月も入院する羽目になったり、最悪の場合は死に至る事もあるのです。また、夏場の熱中病に関しても、今まで何となくの知識しかなかったのですが、先生の講義で予防方法や対処方法を知ることができました。今後は、このような講義もキャンプの中には不可欠な要素となるのではないかと思います。

 キャンプが終った後は・・・、お仕事として注文頂いたバスケ用車椅子の採寸もしましたよ。一応今回はお仕事の旅ということを忘れてはならないのでね(笑) そして、最後の夜は旭川の面々と共に居酒屋へ向かって飲み会となりました。もちろん、楽しい一時を過ごすことができたのだけど、何より嬉しかったのは飲み会の席にも関わらず、みんなバスケに関する質問をぶつけてくれた事です。2次会で場所を移した後も、結局バスケの話で盛り上がることになり、Jと同じ“バスケばか“どもと語り合いました。そうそう、飲み会ではJ‘sPageのメールで知り合った、サッちゃんにもお目にかかることができました。彼女とはいつもメールで互いの出来事や考えを交換しているのですが、今回初めて会って話すことができました。これも面白い経験と言うか出来事でした。 

 それから、どうしても一つ紹介したいことが、健常者のプレーヤーの存在です。彼らは障害の有無を関係なくして、車椅子バスケの魅力にはまり、一生懸命バスケを楽しんでいることです。彼らに同情心やボランティア精神なんて感じませんでしたよ。車椅子に乗れば健常者も車椅子も関係ないし、彼らはごくごく普通に、車椅子バスケやバスケに関わる仲間たちと楽しんでいるだけです。 そろそろ日本も、昔ながらの「障害者に愛の手を!」とか、「障害を乗り越えた感動物語!」みたいなところから脱皮して、それが”普通“になるといい。もしかしたら車椅子バスケが、そんな新しい思想や文化を築くツールになるのかも知れない。北海道の健常者プレーも、非常に熱い奴が多かったです。

 最終日、フェリーの時間まで余裕があったので苫小牧に向かう前に、「北の国から」で知られる富良野を訪れることにしました。当日は前の晩泊めていただいたタカ(柏川君)夫妻の案内で、2台の車を連ねて富良野に向かいました。もちろん目的は北の国からで使われた五郎さんの家やロケ地を訪ねることです。 タカ夫妻は道中「Jのために」と、美瑛という町の美しい花景色が見える場所や、富田ファームというラベンダー畑にも寄ってくれたのです。時間が無くてさっと駆け足で回ったのですが、どれもこれも“北海道らしい“景色や場所で感動の連発でした。しかも、タカは「体験記」を愛読してくれているらしく、Jのポスカ収集を知っていてくれていたので、お土産にポスカを買ってくれたのです。日本に帰ってきてからはポスか集めもしていなかったのですが、「これを機に日本のポスかも集めよう!」って思いましたよ。タカありがとう! また、しっかり五郎さんの家の前で記念写真を撮ることもできたし、バンバンザイと言いたいところなのですが・・・。


 最後にやってしまいました、大失態2連発! まず、レベンダー畑の駐車場で、隣に止まっていた耕運機の下側に長い突起物があるのに気付かずハンドルを切ったら・・・・。中古とは言え、買ったばかりの車に大きな傷がーーーー(涙) なんて、ちょっと悲しかったけど、その位の事でメゲルJではありませよ。アメリカでもたくさんのアクシデントを経験して打たれ強くなったから。でも、修理の見積もりは5万円也。 次に、富良野で長居し過ぎてしまい、フェリーの時間を逆算すると結構ギリギリになってしまったのです。車椅子で利用の場合は1時間半前に行かないと、船内のエレベーター付近に駐車できなくなるのです。それなのに・・・・・・、料金所でシートベルト検問があり捕まってしまいました。しかも、その時フェリー会社に電話中だったので、携帯電話でも注意されました。 「これで終ったかなー」って思ったんだけど、とりあえず言い訳でフェリーに乗るため急いでいる事を話すと、「シートベルトを締めて、急ぎなさい!」と、許してくれたのです。お巡りさんありがとう!!! あなたのお陰でフェリーに乗り遅れることもなく、何とか間に合いました。

 フェリーには一番後の乗船となったのですが、電話をしておいたお陰で一番上階のエレベーター前を確保して待っていてくれたのです。しかも、帰りのフェリーはエレベーターが2等船室まで行っていないらしく、なんと1等個室を無料で提供してくれたのです。また、レストランにも行けないため、食事は部屋まで運んでくれたし、船内クルーの方々は大変親切だったので、快適過ぎる船の旅ができました。でもね、部屋でテレビを観ていたら、丁度ニュースでそのフェリー会社が「経営破綻で会社更生法を申請・・・」と聞いて、素直に喜べませんでしたよ。フェリーの旅は最高だし、貨物の輸送にも絶対必要らしいので、何とか経営が回復されることを祈っています。

 最後に、なぜ副題に「もっと勉強・・・・」って書いたかというと、キャンプの2日目(日)にピック&ロールやDFのスキルを指導したのですが、普段自分でプレーしている時には出来ていることでも、いざ誰かかに教えるとなった時、上手く説明することが出来ないのですよ。しかも、質問されて答えることも出来ないことがあったし。その時に痛感したのは、教える立場の人っていうのは、とても責任があるし、大変なことだということです。そんなこと当たり前かも知れないけど、現状はJを含めて車椅子バスケの指導が充分にできる人って、決して多くはないと思うから。選手の成長や可能性は指導者の影響が大きい訳だし、間違った知識を提供したり、必要な知識や技術が提供できない指導者だと選手は生き殺し常態だよ。だから、もっともっと学ばないといけないなーって痛感しました。Jは選手ですが、とりあえずトップレベルでプレーしている選手の責任として、少なくても正しい基礎を誰にでも紹介できるようになる必要があると思いました。 それは指導者を目指すということではなく、色んな経験をしてきた先輩バスケマンとしての責任と、自分がそうしなければって強く思うことだから。

 最後の最後に、この旅で出会った方々、お世話になった方々全員に対して、本当にありがとうございました。感謝。そして、次は四国と九州です。超楽しみです。久しぶりに会える人もたくさんいるし、初めて会える人もたくさんいるはずです。ワクワク。それと、このページに写真も追加しようと思うので、また忘れた頃に開いてくれると嬉しいです。



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