サイトトップへ 体験記トップへ mail to Jimbo 2003.05.15.


Jのホンネ Part2
          〜アメリカの素晴らしさ、日本完全復帰へ向けて

 Jの体験記をいつも楽しみにしてくれている皆さん、お待たせしました! 約2ヶ月ぶりに体験記を更新することが出来ました。でもね、本当は3月下旬の全米選手終了直後に、大会報告の体験記を書く気満々だったんです。しかし、打っている途中でPCがフリーズしてしまいデータがパーに・・・・。そのあとは来期以降のことなどを考えていたら、なんだかこのページに向かう気にはなれなくなってしまったのかも。 もちろん、単に忙しかったこともあるんだけど、それ以上にJが書けない時って、なにかで壁を感じたり、出口の見えない迷路に入り込んだりしている時なんですねー。 意外と分かり易い性格?(笑) でもね、帰国してから色んな出来事を通して考えたり、風呂屋で日本選手権に出場したことで、一つの答えがはっきり出ました。 だからこそ書ける「Jのホンネ Part2」です。


第一章 アメリカの素晴らしさ

 全米選手権は、予想通りダラスが3年振りの優勝を飾りました。これに関しては素直に“おめでとう!”と言いたいのですが、結果とは別に、Jはこの大会を通して幾つかの揺るがない真実を見たのです。それは、アメリカの大きさと強さ、素晴らしさです。それに、これから日本がしなければならないこと。バスケットボールの奥の深さ。更には、Jにとっての決意も・・・。

 決勝戦でダラスの相手となったのは、大方の予想を裏切ってミシガンが勝ち上がってきました。チームのエースがカナダのパトリック・アンダーソンといえども、彼一人の力では世界最高峰の大会で決勝まで上がってくることは無理でしょう。しかも、その他のメンバーには有名選手は一人もいないのです。前の体験記でも書いたけど、アメリカのD1ではチーム練習が充分に出来ないため、シーズン中のリーグ戦(公式戦)の中で、チームを作り上げていくのです。その中で、ミシガンの成長は敵としてプレーしていても、脅威を感じていました。ちなみにデンバーとの戦績を見てみると、6勝1敗でデンバーが圧勝しているのですが、その内容は決して“圧勝”とは程遠いものでした。シーズン当初の1,2試合は、30点前後離して勝利しているにも関らず、終盤では常に1点を争う試合を展開していたのです。 これはシーズン中に敗戦を重ねながらも、パットを中心にチーム作りをした結果でしょう。 しかも、パットと共にチームを支えていたのは、若干17歳のマット・スコット選手でした。実は彼と2年前に、ある大会会場で1on1をしたのですが、当時はJがぶっちぎりで勝利したのに、正直言って今は彼に勝てるのか・・・? 彼はスゴイ成長を遂げていました。とにかくミシガンは、たった1シーズンの間に、もの凄い変化をしていったのです。

 逆にダラスにはスター選手が勢ぞろいする完成されたチームでしたが、それでもダラスが優勝できた大きな理由にはポール・ショルティの存在があったからでしょう。一緒に試合を観ていた千葉の安直樹は「やっぱりウエルチの活躍が凄い!」と、うなっていましたが、Jは違う一面に注目をしていました。それは、ポールとパットの1on1です。多分、ポールはパットを抑えるように指示が出ていたのでしょう。また、パットもそれを望むかのように、ポールとのやり合いに応じていました。それにしても、パットがあんなに真剣で苦しそうにしているのは、初めて見たかも知れません。その証拠に、前日のスリーポイントコンテストでは10本中9本を沈めたパットも、決勝戦のハーフタイム中に行われた決戦コンテストでは、たった1本しか入らずにチャンピオンの座を逃したのです。しかも、数本のエアーボールもあったのですが、きっとポールとの戦いで疲れきっていたのでしょう。 

 試合の方は前半こそ接戦を演じましたが、後半は実力の差が出始めて大きく離される展開となりました。しかし、観ている人を釘付けにする素晴らしい試合は、ダレることなく最後まで続きました。 その中で、ダラスのウエルチは手薄になったミシガンのDF陣を相手に、速攻やサーカスプレーを炸裂していったのですが、全てはポールがパットを抑えているからに他なりません。世界のMVPを取ったポールでさえ、チームのためにワンマン選手のウエルチに花を持たせるのです。というより、ポールは優勝や個人賞なんかよりも、パットとの対戦を心から楽しんでいるように見えました。間違いなくポールとパットが世界の1,2を争う選手だと言えます。この大会のMVPはウエルチが獲得したようですが、会場の観客はポールの働きを称えていました。そして、Jの目で見たMVPは紛れもなくポールです。

決勝戦終了直後のダラス(活躍したセンターのジェイソン・バン・ビーク選手を囲んでの水かけ) こちらは決勝戦終了後のスコアボード(数字では表すことができない素晴らしさい決勝戦でした)


 えーーと、この章で何が言いたかったというと・・・・。多分、これまでにも何度と無く書いてきたことですが、アメリカ(カナダ)の強さは、しっかりとした裏付けがあるのだということです。 もっと言えば、子供から大人までしっかりとしたピラミッド形の環境ができていること。選手がバスケを楽しむためにプレーしていること。そのような環境でバスケができることなどなど。また、パット、ポール、マット、ウエルチなど、今回紹介した選手は全てジュニアのチームでバスケを経験し、バスケキャンプなどで基礎を学んできているのです。 しかし、現在の全日本選手にジュニアでプレーした経験がある人はいません。それはジュニアというカテゴリ自体がなかったからです。 Jが第三者の立場で冷静に日米を比較しても、まだまだ日本は全ての面において遅れをとっています。しかし、日本も欧米に追いつけ追い越せの勢いで、そのような環境作りをしていかないと、いつまでたっても世界との溝は縮まらない。でもね、一方でそういう問題意識を持って改善しようと頑張っている人も沢山知っているし、少しずつ動いていることも見えているから、意外と日本の未来は明るいんじゃないかなーと思っています。

 それから、非常に明るいニュースもあります。J達が主催する“車椅子バスケットボールキャンプ実行委員会”を通して、富山WBCの野沢君、宮城MAXの藤本君、そして千葉ホークスの香西君3人が、7月にイリノイ大学で開催される「ジュニア・エリート・キャンプ」に招待されて、参加することになりました。また、今年のサマーキャンプでも初参加や若い選手の参加が多くいることも嬉しい。これからは、若い選手がどんどん世界に旅立っていくようになってくれれば尚いいんじゃないかな!?


第二章 日本完全復帰へ向けて

 なんで、長いこと体験記を書けなかったかというと、最大の理由は来期のことを悩んでいたから。帰国後も会う人会う人に「来期はどうするの?」とか、「いつアメリカに戻るの?」って聞かれて困ったものです(苦笑) しかも、一応仕事的、全日本的、色んな顔があるから。でも今回の題を「Jのホンネ」としているからには本音で書くけど、もうアメリカではプレーするつもりはないです。未練もない。 心の中では色々と葛藤もあたけど、完全に振り切れたのは選手権の準決勝が終わったあとかな。 

 実は帰国直後、会社には「もう満足しているので、これからは仕事頑張ります!」と言い、身近な人には「とりあえず、来期は全日本復帰を目指して日本に留まる」と言い、それ以外の人には「まだ分からないなー」って言ってごまかしていたのですが、本当のところは結構悩み続けていましたよ。特に全米選手権が終わってから、日本に帰ってきて色々なことがあった先月までは。そして、その間にあいまいな返事を繰り返してきた事、本当ごめんなさい。

 ちょっと話が反れるけど、Jは正直言って千葉ホークスを辞めて、風呂屋に移ってからチームに対して不満を感じていたんです。確かに風呂屋のメンバーも頑張っているんだけど、千葉の選手にある意識の高さや質の高い練習内容なんかと比べてしまうと月とスッポン。しかも、Jは過去に何度もホークスで全国制覇を味わっているわけで、本当はもっともっと頑張りたかったし、日の目に当りたかった。誰だってやる気があれば、勝ちたいし強いチームでプレーしたいよね? そんなところで迷いに迷っていた時期が長くあったんだけど、今回風呂屋にしても宮城MAXにしても大きく変貌しているでしょ? 素晴らしいハートを持った選手、スタッフ達によって、大きな変化を遂げている最中なんだと思う。しかも、そういう人(チーム)は全国にもたくさんいることを、昨年のサマーキャンプや巡業生活を通して感じていたのです。

 話は反れっぱなしですが、昔、千葉でプレーし始めたばかりの頃、ある千葉のOBに「伝統のある、強い千葉ホークスでプレーできることを誇りに思え!」って言われたことがあります。多分、バスケに関わっていく間は、絶対の忘れられない言葉だと思います。ちょっと古いと思われるかも知れないけど、千葉ホークスは本当に素晴らしい伝統を継承している素晴らしいいチームだと思います。そして、Jは長年千葉でプレーできたからこそ、今の自分があるのだと思っています。 でも近年、逆にJはある人に対して「千葉は伝統にあぐらをかいて、動かないチーム」と、言ったことがあります。ちょっと失礼な言い方だったので反省はしているだけど、でもJは伝統の上でバスケをするのではなく、自分の手で新しい伝統を作りたいと思ったのです。

 でもね、当初森本文化風呂商会に移籍したのは、ほんの寄り道というか、日本に完全帰国するまでの腰掛のつもりでした。だって、お遊びのチームだと思っていたから。それが嬉しい誤算というか、風呂屋には熱いハートの持ち主が集まってきてくれたんだよね。しかも、本当に一生懸命バスケを楽しんでいるところがいい。そして、そんなチームに共感して応援してくれるようになった人達もたくさん増えている。いつも練習会場にはマネージャー?お手伝い?見学の?の人が入れ替わり着てくれるし、試合にも応援に駆けつけてくれる。Jもチームの一員として胸を張って、「うちのチームっていいでしょ?」って言えるのが嬉しいよ。まさか、風呂屋でこんな展開になるなんて、2,3年前の移籍時には思いもしなかったもんな(笑) なんて、風呂やのみんなゴメンネ。

この素晴らしい笑顔を見てください!みんなイイ顔しているでしょう? 最高のお気に入りショットです!


 選手権手権の準決勝でも、かなりいい試合ができたことは、その証拠でしょ!? Jは不本意ながら、アクシデントにより途中からベンチに下がることになったけど、ベンチで応援していてもチームの一体感が感じられたし、コーチの松本さんが試合を見守りながら、笑顔で「みんな、本当にいい経験をしてるなー」って、言っていたのが印象的でした。俺もそう思った。今まで風呂屋がしてきた結果は、この大会で充分過ぎるほど出たんじゃないかな。まだ、優勝するにはやらなければならないことが沢山あるけど、着実にステップアップしてるんだから、落ち込むこともイジケルことも全く無し。 最後まで一生懸命プレーしたこのチームが最高に好きです。そして、あの時「このチームで伝統を築きたいなー」と思いました。千葉でプレーしていた時のように、チームのみんなが自信や誇りを持てるチームにしたい!でも、それは一人じゃできないことだし、様々な問題も山済みなのは分かっているから・・・(苦笑)

 最後に、昨年夏にバスケのキャンプを開催したり、全国を回って感じたことは、日本にも貪欲にバスケを頑張っている人がたくさんいるってことです。そして、ちょっとチャンスさえ与えられれば、どんどん大きくなりそうな選手もいっぱいいるのです。そんな日本のやる気に、Jも正面から立ち向かってみたいと思いました。 そして、出来る事ならば風呂屋で歴史を作っていきたい。また、本音の本音を言えば、全てを犠牲にしてアメリカでチャレンジすることに、少し疲れたのだと思う。 だから、Jは日本で頑張ることにしました。確かにアメリカでプレーすることは刺激的で楽しいしいのだけど、今となってアメリカとは、バスケを抜きにしてゆっくりと過ごしたい所かなーって思っています。 これからは、また日本での試行錯誤が始まります。きっと大変です。でも楽しみです。これからのJは「日本を生きる!」



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