サイトトップへ 体験記トップへ mail to Jimbo 2003.02.16.


レキシントン遠征
          〜死闘のサバイバルゲーム?

 今日は予告どおりブルーグラス・インヴィテーショナルinレキシントンの模様を書いてみたいと思います。それにしても早いもので、この大会へ参加したのは今年で3回目です。また、昨年の参加報告も、この「体験記」で書いているのですよ。 去年の体験記を自分で読み返してみても、あー、思い出すなー。当時、大学チームの活躍に大きな感動とショックを受けたこと。 そして、全日本辞退や選手生命のことで、毎日悩みに悩んでいたあの頃のことを・・・・(苦笑)

今回は木曜日の昼からデンバーを発ったのですが、当初はジムで軽くシューティングをしてから空港に向かう予定でした。しかし、今回もまたエンスト・・・・。なんで普段は問題無いのに、大事な時に限って問題が起こるのか?と、本当に不思議です。でも今回は遅れずに済みましたよ。というのも、早く家を出る予定にしていたことや、ルームメイトのガールフレンドが仕事休みだったので、彼女に頼んで空港まで送ってもらうことができたからです。しかも、遠征の間に車を動くようにしてもらえたので、デンバーに帰ってからも不便がなく助かりました。 やはり持つべきものは友達です。

今回はシンシナティ経由で約7時間の旅でしたが、この辺はもう慣れた気がします。そして、ホテルについたのは夜の9時前(時差で2時間進んでいるため)でした。もちろん、ホテルに選手が集まった時点でチームミーティング(笑) 前回の試合のビデオを観ながら話し合いをしたのだけど、結局終わったのは深夜0時過ぎ。 そして、ミーティングが終わってすぐ廊下に出ると、そこには到着したばかりの安直樹が立っておりました。グッドタイミングに驚きましたが、彼と約3週間ぶりの再会を果たしたのです。

初戦(金曜日)の相手はバーミンガムで30点差近くつけて勝利した、ウィスコンシン大学のチームでしたが、今回は彼らのスピードとスタミナの前に68−86で気力負けと言う感じでした。 この試合Jはまずまずの調子で、前半は出場することもできたし、20点以上のリードをしていたにも関わらず、後半はあまり出番を貰えず逆転負けでした。 何で?という、もどかしい気持ちを押えつつも、Jは応援を頑張りましたよ。 でも、他の選手が調子悪い時や疲れている時でも、選手交代をしないコーチには理解出来ないし、少しシコリが残ったかな・・・・。

その日の晩は3時間にも及ぶミーティングがあったのですが、正直言って疲れていました。ミーティングが始まったのが夜の8時半からで終わったのが11時半・・・。 しかし、チームは明日以降の対策やチームを入念に話し合っていました。Jも最初は頑張って聞いていたのですが、途中で白熱して会話のスピードも速くなり、スラングらしき言葉の使い回しも増えて、良く理解ができなかったので、しばらくボーーとしていました。 でもこれが後で大事件につながるのです。

翌日の敗者戦はテネシーとでした。久々のスタメンン出場でハッスルしました。しかも、前日のミーティングでコーチから貰った課題も頭に入っていたし、いつもの通り走りまくってDFで貢献して、すぐさま25点近くのリードに。 もう自分では絶好調と言う感じでプレーしていたのですが、1Qの残り1分くらいでベンチに戻されてからは、結局最後までプレータイムを貰えませんでした。もちろんJは頑張ってチームを応援しましたよ。でもベンチで試合を観ていると、疲れからか?数選手の調子がガタッと落ちて、ミスも増える一方でした。また、相手チームのシュートも決まりだして、昨日と同様の展開になり3Qで2点差まで詰め寄られたのです。それでもコーチからは声が掛かりませんでした。結果は98−93で何とか勝利でしたが、正直言って、さすがにJも呆れました。

もう、この件でJはコーチとの信頼関係がズタズタに切り裂かれた感じですよ。 まず、試合後にマークと2人で話し合いをしましたが、マークもJの意見に100%同意をしてくれました。そして、Jは日本へ帰る覚悟を決めてコーチと話し合いました。しかし、コーチはクールな顔をして「昨日の話しを全く理解していないから使えなかった」と。Jはその言葉に驚いたのですが、色々と話し合った結果、Jが昨日のミーティングでボーっとしている間に話し合われたことや、難しくて理解できなかった部分を確認しなかったことが理由で、誤って理解していたことが発覚したのです。 コーチの「成りゆきや、結果オーライで大量リードして勝ったとしても、あとにつながらないし意味が無い!」という言葉が、Jの心にズシンと響きました。そして、この時ばかりは凹みましたよ・・・・。また、改めてチームプレーの大切さと難しさを実感したのです。

敗者戦2回戦の相手は、勝ち上がり2回戦でテキサス州立大学に敗退し、敗者戦にまわってきたウィスコンシン大学でした。我がデンバーは、昨日のリベンジとばかりに盛り上がりました。 今度こそはJもしっかりと自分の仕事をこなし、序盤から大量リードを奪いました。Jはシュートもマズマズでしたが、何よりもDFで相手と走り合いをして、ハードアタックを仕掛けました。学生なんかに負けてられるか!って。(笑) その結果、相手のセンターはシュートを打てずじまいで、かなりイライラしていました。 でも、その仕返し?に、トップスピードで走っているJにブロッキングのファールをかましてくれたお陰で、Jは吹っ飛び肘を強打、膝から流血という怪我に見舞われ、あえなくベンチへと下がりました。 しかも、リヤホイルの車軸も曲がってしまい、その交換にも手間取ったのでした。 あー、調子も良かったし、チームもいい感じなのに!!! 結局96−68で圧勝でした。

次の試合は驚きだったのですが、ミルウォーキーがミシガン相手に2点差で敗退をして、敗者戦に回ってきたのです。Jはコーチに「膝も肘も大丈夫だから!」とアピールをした甲斐があってか、スタメンでの出場となったのですが、肘をかばって走れていないと見られたようで、早々にベンチへ戻され、アイシングをしながら応援に回りました。ミルウォーキー戦は結構いい試合をするのですが、いつも同じような展開で最後に撃ち負けるような感じです。相手には素晴らしいシューターが4人もいるので、押えきれずに最後に離される展開です。  それにしても、何も問題がない時には怪我をしてプレーが出来ない。絶好調でプレーできる状態の時には、何かしらの問題が起こってプレーができない・・・・・・。 くそーーーー、とても不発に終わっている感じで、なんとも言えないフラストレーションが溜まっている今日この頃。

この大会で印象に残ったことは、各試合ともに接戦が多かったことです。 D1は敗者戦も含めると全部で15試合行われたのですが、Jが把握しているだけでも7試合が10点差未満の接戦でした。 また、10点以上離れた試合でも、得点差以上に試合の内容は濃いように思いました。(観ていても飽きないし、勉強になる内容というか・・) しかも、常に同じチームが勝利をしていると言うわけではなく、接戦の末に勝ったり負けたりの連続なのです。この辺は日本に無い面白さだと思います。 今年のファイナルはどこのチームが進むか?本当に検討がつかなくなってきた感じです。 Jが頭一つ抜けていると思っていたダラスやミルウォーキーでさえ、アチコチのチームに敗れているのですから。

最後に、特筆したいのが大学のチームの成長です。彼らは一戦一戦強くなっていることが、観ていて分かります。 多分“ヒヨコ”の時分から、素晴らしい環境(良き指導者や育成プログラムの元)で、思う存分バスケができるからでしょうね。 また、常にナショナルクラスの選手と試合や練習ができる環境も羨まし過ぎます! それから、昨年の夏に福島で開催した「車いすバスケキャンプ」に、講師として来日してくれたイリノイ大学のマイク氏、ダン氏(共にコーチ)と、ジェフとトニー(共に選手)にも再会することができたのですが、あの時Jがまだまだヒヨコだな!と、思っていたジェフ選手でさえ、現在はイリノイ大学の中心選手として、バリバリにプレー&活躍していました。 Jは彼らの試合を観ながら、何度もため息が出てしまいました。

イリノイ大学vs G・ステート戦(一昨年の全米チャンピオンを相手に、イリノイ大学チームは圧勝) イリノイ大学のコーチ、マイク・フログリー氏(彼はいつものように爪を噛みながら(癖です)試合を見守っていました)


第25回 ブルーグラス・インヴィテーショナル記念大会の最終結果

優勝 ミルウォーキー・バックス 敗者戦からの勝ち上がりだが、実力どおり優勝
2位 ミシガン・サンダーバード パットと共に高校生選手のマシューが大活躍
3位 テキサス州立大学 Jより高い選手が一人もいないチームだけど強い
4位 デンバー・ナゲッツ 我がチームは色々と課題が残る結果でした
5位 イリノイ州立大学 運が悪く?2度もミルウォーと対戦して敗退
6位 ウィスコンシン大学 成長という意味では一番のチームかも?
7位 ミュージックシティ・ライトニング 年配選手が多いためにスタミナ不足が欠点
8位 ゴールデンステート・ウォーリアーズ エース不在のため実力を発揮できず最下位

 次はベガス遠征のレポートかな。 うーーん、他にも書き溜めている重要な内容の「体験記」があるんだけど・・・・。でも、やっぱり今はタイムリーな話題から優先した方がいいと思うので、次はベガス遠征記にします。


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