サイトトップへ 体験記トップへ mail to Jimbo 2002.10.12.


移籍への道 (後編)
          〜苦しんで勝ち取ったD1の座

 渡米を9月26日に決めたJは、ラストスパートで23日に北海道巡業を済ませ、長かった全国巡業の旅を一旦終えました。そして、夜通しフェリーに乗って千葉の本社へ戻ったのは翌24日の夕方でした。その後事務処理と渡米の準備に掛ったのです。翌日も朝から郵便局や携帯ショップへと走り、慌てて諸手続きを済ませた後、本社へ戻って打ち合わせや仕事の引継ぎを済ませたのでした。何せ出発が26日の夕方なのにも関わらず、殆ど何の準備もしていなかったのです。いくら旅慣れているとは言え、ちょっと無謀なスケジューリングだったことは言うまでもありません。それでも、いざ出発直前になってみれば、全て順調に進んでいるという充実感と満足感はありました。

 シカゴへ向かう飛行機の中では夕飯を食べた所くらいまでは覚えていますが、その後は到着1時間前くらいまで珍しくトイレにも行かず、爆睡していたようです。こんなに短い(早い)と感じた国際便のフライトは初めてです。また、少々心配していた入国審査も簡単にパスして、シカゴから乗り継ぎデンバーへと向かったのでした。しかし、デンバー空港で大きなアクシデントに見舞われたのです。何とバスケ用車椅子の背もたれパイプが片側完全に折れていたのです! 明後日からのキャンプに参加しなければ「選手登録はない」という言葉を思い出してかなり焦りました。いや切れました! というのも、実はこれが初めてではなく3度目だからです。最初もバスケ車の背もたれで、2度目は普段車のホイルを曲げられ・・・・・・。とにかくアメリカの航空会社は荒いのです。ただ幸い出迎えに来てくれたタズ選手の知り合いの修理工場を紹介してくれたので、翌日には乗れるようになったのですが、その時は本当に焦りました。

 その後ホテルに入ってからは、週末のキャンプに備えてゆっくり休養をとっていたのです。 が・・・・・・・・。なんとここでも最悪の事態が起こったのです。実は渡米前の疲れや時差ぼけ、緊張などからか?珍しく食欲不振に見舞われ少し体調を崩していたのですが、薬を飲んでも症状は悪くなるばかりで、その後頭痛、胃痛、吐き気と体調は最悪の状態に陥っていったのです。特に胃痛と下痢がひどく、また何を食べても飲んでもすぐに吐いてしまという有様でした。

 キャンプ初日、一応コーチのエリックとマネージャーのラリーに相談しましたが、「やれる所までやれ」と言われました。でも、もしプレーが悪かったり、できなかった時のことについては怖くて聞くことができませんでした。腹に力を入れるとヤバイ状態、走って身体を揺らすと吐き気がしてもっとヤバイ状態になりながらも、後がないという気持ちだけで練習に参加しました。休憩時間にトイレで吐き、飯の時間や本当にヤバイ時には申し出てコートサイドで横になる。それでも何とか半分程度メニューをこなしました。練習の内容はチェアスキル(走りこみ)と、ドリル、ゲームといったシンプルな内容で目新しいものは特にありませんでした。

 初日のキャンプには昨年のメンバー7人と、Jを含む新参者が7人の14人で始まりました。新参選手の中には北九州GCでカナダ代表だったロス選手やユタから招待を受けたジェフ選手などライバル選手の実力も高い。また、最終的には7,8人に絞るという話だったのですが、どうみても5人は決まっている感じだったので、残る3枠を9人で争う格好になりました。と言っても3人は誰が見てもD2選手なので、実質は6人で3枠を奪い合うと言うのがJの見方でした。ところでその晩、参加した選手、スタッフ全員でチームディナーなるものがあったのですが、もちろんJはホテルに直帰して休みました。タダ飯を食い損ねたのは残念ですが、その時は食べ物を見るのも辛かったのです。

 翌日ジムへ連れられて行くと、練習開始時間になっても来ない選手が5人いました。コーチに確認すると、どうやら昨日の段階で落とされた様子。その中には昨年デンバーでプレーしていてレン選手もいました。彼は翌日も残ると信じていたようで、バスケ車や荷物がジムに置きっぱなしになっていました。2日の調子は更に悪く午前の練習は見学にさせてもらいました。しかし、どこかでアピールする機会を作らねばと思い、コーチに相談したところ「午後の紅白戦に10分でも15分でも構わないから出てみろ」と言われて覚悟を決めました。ゲームが始まった直後から最悪の状態だったので、シュートやDFで見せることは難しいと判断しパスとピックだけに集中しました。結果、見方のビッグマンに何度となくファインパスを通し、マークからは「ジンボはピックが上手いからマシーンみたいだな!」と褒められました。そして、15分間のアピールタイムは終了しました。こんなに体調が悪い状態であそこまで集中できたのは、きっと後にも先にもないことでしょう。しかし、その後トイレに駆け込んで嘔吐を繰り返したことは言うまでもありません。

 キャンプは想像以上にハードで長かった。初日は朝の8時に始まり夕方5時までみっちり8時間あったし、2日目も朝8時から3時まで約6時間も行われました。また、選手の真剣さも想像以上で、激しいぶつかり合いやののしり合いも多少見受けられました。特に紅白戦ではタズがマークに対する厳しい接触で、マークが切れてファイヤーするという事件も起こりました。でもそれらは真剣にプレーしているからこそ起こるもので、ある意味仕方がないものだと思います。また、選手は練習が終れば皆と握手をして楽しく語り合う友達同士に戻ります。ののしり合うのは見習えませんが、本番さながらの練習姿勢や気迫は日本の選手も見習うべきところだと思いました。

 キャンプ終了後、全員でジムの外へ出てミーティングをしました。外は10月だと言うのに20度以上ありとても暖かかったです。選手はビール(Jはスポーツドリンク)で乾杯しながら、バスケの話で盛り上がりました。そして、Jはコーチのエリックに呼ばれてデンバーナゲッツのウォームアップスーツと帽子を渡されました。そして一言だけ「We need you!」と。渡されたそのスーツはNBAのデンバーナゲッツの物と全く同じもので、Jがとても憧れていたものでした。また、後日新しいゲームシャツやパンツ、練習用のリバーシブルなども支給するとのことでした。ちなみにJが希望した背番号は55番です。(他の選手とブッキングしているので確定ではありませんが) それしにしても、その時の感動を言葉で表すのは非常に難しいのですが・・・・・、でもこんなに苦しんで掴んだD1の座って、本当に何にも変えがたい自分だけの勲章だと思っています。

 この1,2週間を振り返えってみると、無謀なスケジューリングや自己管理の悪さに加え練習不足だったことなど、アスリートとして反省すべき点は多い。しかし、もっと前からの軌跡をたどってみれば、着実にステップアップをしている訳で、あまり悲観的になることもないかなーと思っています。アメリカナイズされてあくまでもポジティブなJでした。 まあ自分の人生ですから自分が良ければ良いのですよ。

ということで、今シーズンの開幕は今月25日からカリフォルニア州のサンディエゴから始まります。この大会はD1,D2混合の大会らしいのですが、マネージャーのラリー曰く「ウォーミングアップを兼ねるつもりで予定を入れた」とのことでした。Jはこの遠征が終ったら国体に出場するため一旦日本へ帰ることにしております。 そして、目指すは国体優勝と来年3月末にアリゾナ州フェニックスで開催される全米選手権(ファイナルフォー)への出場です。


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