サイトトップへ 体験記トップへ mail to Jimbo 2002.02.25.


交通違反で切符切られました
          〜アメリカの交通違反の処理システム

 哲さーーん、チームTシャツを作製するため、ダウンタウンのショップで打ち合わせしてる間に、駐車違反で切符切られちゃいました。チームの経費で払ってくださいよ!(笑) まあ、路駐した俺のミスなんですが、たった10分くらいの間だったのでガッカリです。金額はたった10ドルなので、日本に比べればかわいいものなんですけど・・・。と、言うことで今日は交通違反やお巡りさんについて書いてみます。

 神保が2年間の生活でお巡りさんに捕まった回数はというと、ざっと数えて6、7回。全てスピード違反だったのですが、まずはその方法を説明します。アメリカでは、日本のようなオービス(自動取締用カメラ)は無く、殆どがパトカーによる現行犯の取り押さえです。例えば夜の高速道路で路肩にライトを消して止まっていたり、何か障害物に隠れて待っていたりするのです。また、ときどき覆面パトカーなるものも走っております。

  確か一番初めに捕まったのが、渡米して3ヶ月とたたない頃に、ケンタッキー州内の高速を走っていた時でした。制限速度が70マイル(112キロ)の道を82マイル(131キロ)で走っていたんですよ。いや厳密に言うと、走っていたと勘違いをしていた時のことです。その時、ふと前方の路肩を見ると誰かが捕まっているのが見えました。「かわいそうに、覆面パトカーに捕まってるよ」と、独り言を言いながら快調に走っていると、そのお巡りさんがあわてて車に乗って走り出すのがバックミラーで見えたのです!「まさかなーー」と思いつつ減速して走っていると、神保の真後ろに追走してきて「車を止めろ」と合図をしてきたのです。お巡りさんが何と言っているのかイマイチ聞き取れなかったのですが、どうやら制限速度が50マイル(80キロ)の道だったのです。交通量の多い街に近づいて、制限速度が70マイルから50マイルに変っていたようなのですが、その標識を見逃していたらしい。神保は下手な英語と身振り手振りで「制限速度が70マイルだと思っていた」と、説明したのですが、その警官は「コート(裁判所)で話しなさい」と、呼び出しの日付を書いた書類を一通渡して去っていきました。32マイル(51キロ)オーバーは、もはや違反切符では済まない重罪だったのです。

  その書類を持って、アラバマへと帰ってきたのですが、周囲の人に相談すると「かなりの罰金か刑務所行き」と言われ、絶望しました。そこで、少しでもきちんとこちらの意思や話が伝わるようにと、近所でお世話になっていた日本語を話せる牧師さん(彼は宣教師として日本に住んでいた経験がある)に通訳のお願いに行ったのです。すると彼から戻ってきた言葉は「間違っただけだから、多分許してもらえるでしょう」とのことでした。えーーー、うそーーーーーと思いながらも、その書類を牧師さんに託して連絡を待ちました。すると、数日後に彼から電話が入り、「裁判所に電話して説明したら許してくれましたよ」と言うのです。最初はその言葉を疑ったのですが、その後、書類を裁判所に送り返して一件落着となったのです。彼いわく「アメリカは事情を話せば、結構許してくれるのです」とのこと。「アメリカって寛大な国だなー」と、驚いたの同時に、日本の厳しさとは違う対応に「国が変るとこんなにも違うのかー」と感心したものです。また、そんなアメリカがとても好きになりました。(笑)

 その後も何度となく高速道路や郊外の道路でパトカーに追いかけられて捕まったのですが、あまり言い訳はしたくないので(捕まったくせに偉そうですが)、素直に謝って反省の意を示すと、いつも「気をつけて走りなさい」と許してくれるのです。また、「レイクショアでバスケをしている」というと、「あそこはバーミンガムでも有名だよな!」と、バスケの話で盛り上がり、簡単に許してくれるのです。そんな経験をしていくうちに、「アメリカのお巡りさんって想像していたほど怖くも、汚くなくもないな」と思うようになりました。多分、神保の場合はかなりラッキーが続いたのだと思いますが、これまで罰金を払ったことは一度もなかったのです。

 が、しかし冒頭でも書いたように、帰国を一ヶ月後に控えて、とうとう切符を切られてしまいました。しかも路上駐車の違反なので、知らぬ間に切符を切られてワイパーに挟まれていたのです。まあ、残念と言えば残念ですが、アメリカ生活の記念にもなるので、しっかりデジカメに収めておきました。(笑) ところで、罰金の支払方ですが、チェック(小切手)を罰金分書いて、違反切符と一緒にオフィスへ持参するか送れば完了です。もし、お金が無いとか不服があって支払わない時は、指定された日時に裁判所へ出頭することになり、有罪ならば刑務所行きの可能性もあるのです。 実は神保の違反切符を見ると、呼び出し日が“3月20日”となっているのです。しかし、日本のへの帰国は3月19日です。もう二度とアラバマに住むことはないでしょうし、これはどういうことになるのか・・・・・、もしかして“バックレ”がきくと言うことでしょか?(笑) しかも、神保は帰国の前に車を売る予定ですし、更にはタイトル(車の名義証)にある名前が、タイプミスで一文字間違っているのです。これは払わなくても絶対に分からないし、その後の問題もないことでしょう。


COURT DATE 03/20/02と書いてあるのが、
裁判所への呼び出し日ですが、罰金は支払うので
裁判所へは行きません!


その話を何人かの米人の友達に話したら、みんな一様に「お前は最後の最後までラッキーだな!」と言って笑っていました。というのも、日頃からよく彼らに神保の「波乱な人生談」を語っていたのですが、これまで本当にいつもラッキーの連続だったのです。例えば、バイクで140キロのスピードでブロック塀に突っ込んで生きていたことから始まり、英語もろくに出来ないのに、渡米前ダスキンの奨学金を得たこと。アメリカで事故ったけど相手が親切で許してくれたこと。良く壊れると言われるアメリ車の中古を買ったにも関わらず絶好調なこと。遠征で一人だけ飛行機に乗り遅れたくせに、違う飛行機に代えてもらった関係で乗り継ぎがなくなり、予定より早くついてしまった話。度重なるスピード違反に対して一度も切符を切られたことがなかったことなどなど、いつもそんな話をすると「ジンボはラッキーな奴だ!」と言われていたのです。

 ところで、今回の違反切符はどうするかって?? まあ、最後の最後に切られたのも何か運命かもしれません。アラバマにお世話になった恩返し?の意味も含めて、しっかり支払ってから帰国をしようと思っています。もちろん、違反したのですからきっちり支払うのが当然と言えば当然の話ですね。そうそう、最後にもう一つ、アメリカの面白いところで、自分の住んでいる州(自分の免許が発行された州)以外で捕まって切符をもらったとします。しかし、そのまま払わなくても州外まで追いかけて書類がきたり、逮捕しにくることはないと言うことです。しかし、万が一そのままにしておいて、また同じ州に行って何かの拍子でバレたり違反して捕まると、即刑務所行きや重罪で罰せられるということです。要するに州が一つの国と同じような働きをしているのです。これは日本とアメリカ合衆国との大きな違いです。なんにしても、罰金は払わなければいけないのです!自分で違反を犯したのですから・・・・。 

 予断ですが、前回の記事で書いた“変なボリビア人”アレックス君は、ニューオリンズの“Mardi Gras”に行って、立ち小便の現行で捕まったらしく、12時間刑務所に拘束されたあげく、保釈金?として500ドル(約6万5千円)を払ってきたそうです。その後、裁判所にも呼び出されて、数日後に再びニューオリンズへ行き裁判を受けたようですが、まだ判決等の結果は聞いていません。現在は刑務所にいないことを祈るばかりです。この件に関しては「たかが立ちションで!」と思ったのですが、所変れば考えや扱いも全く違うということです。みなさんもアメリカへお起こしの際は、くれぐれも”立ちション“をしないように気をつけてくださいね!!


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