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2002年秋に再渡米し、一部リーグ「デンバー・ナゲッツ」の一員としてプレー。全米選手権ベスト4でシーズンを終了し完全帰国。2003年11月に開催された北九州チャンピオンズカップで、約2年振りに全日本に復帰を果たし、2004年はギリシャで開催されたアテネパラリンピックに出場。個人としては、92年のバルセロナ大会以来4期連続での出場となる。しかし、アテネパラを最後に代表から引退。2004年8月に、新チームの「福岡Limitz」を立ち上げ、選手兼アシスタントコーチとして活動し、翌年5月には日本選手権大会へ初出場。2006年7月よりJICA(青年海外協力隊)の活動でマレーシアに渡り、ボランティアでの普及・指導活動を展開。2009年1月、一念発起し再び全国制覇を目指してNO-EXCUSEに移籍。現在もチャレンジ続行中!


【日本車椅子バスケットボール連盟「NO-EXCUSE」
選手として集中できる最高のチームに入部!
 親友である及川晋平が選手兼ヘッドコーチを務めるNO-EX。実は以前から密かに興味があったチームである。しかし、諸事情&環境から入部する事はないと思っていただけに嬉しい!約10年の時を経て、また晋平と一緒にプレーできることに感謝。このチームで全国制覇が出来たら最高でしょ。


【車いすバスケットボールのキャンプ(通称:Jキャンプ)】
 2000年に、スポーツを心から愛する有志たちと「車いすバスケットボールキャンプ実行委員会」という団体を設立・運営。現在は年に一度、夏に車いすバスケのキャンプを、国内の若いプレーヤーに向けて企画・開催中。この活動の目的には、障害者・健常者を問わず、車いすバスケットボールというスポーツを広め、その楽しさ・素晴らしさを知ってもらうことにあります。毎回定員数を超える応募ぶりで、キャンプの内容には絶対の自信を持っています。また、多くの協賛企業からも高い評価をいただき、年々多大なるご支援をいただけるようになりました(感謝)


【General barrier-free Produce(車いすバスケット全国学生リーグ)】
 車いすバスケに興味を持つ若者達(大学生)が集まって、2002年4月G・B・P(全国学生リーグ)が発足されました。そして、同年に第一回の「全国学生リーグ選手権大会」が開催され大成功を遂げました。神保はこの団体の顧問として、組織の発展を支援しています。今後も出来る限り彼らの活動を応援していきたいと思います。


Adapted Sports Support Center(NPO法人 障害者スポーツ支援センター)
このNPO法人は、Jもお世話になっている元全日本の総監督、高橋先生が理事長を努めている、非常に画期的で社会的にも意義のある団体です。主な目的は「学校・企業・地域と協力し、高齢者・障害者に関わる個人・団体に対して、障害者のスポーツを支援する事業を行うことにより、アダプテッド・スポーツの振興に寄与する」です。JはこのNPO法人のアドバイザーとして参加させて頂いております。 殆ど名前だけですが・・・(汗)


【その他講演活動等】
 小中学校をはじめ、ご要望があれば時間の許す限り講演活動等をしております。一番の目的は車椅子バスケの普及と自身の活動を広くアピールすること。また、自身の経験から人生の意義について語ったりもしています(笑) 代表を外れた現在でも細々と講演活動をさせていただいております。


【著書・関連書籍】
『夢よ、僕より速く走れ』 (海拓舎)
車椅子バスケとの出会い、障害者としての自分を克服。そして、今なお自分の夢を実現させるために走りつづける、「車椅子バスケット選手」神保康広の生き様。というか、本人は未だに「本なんか出しちゃって本当に良かったの??」と半信半疑に思っているんですが、本を読んでくれた方々からもらった応援のメッセージや、同感していただけたことなどがパワーとなっています! 本当にありがとうございました。

  

本へのコメント
『障害者スポーツ選手』というと、つい「ハンデキャップのある子供たちに勇気を与えてくれる…」などという視点でしか見なくなってしまうきらいがあります。しかし、彼の不屈の精神・パワフルな生き方は、まさに、自分自身に自信をなくしかけている現代日本人すべてにとって、見習う必要があるのではないでしょうか。
「どう生きたらいいのか、何も知ろうとしなかったし、誰も教えてくれなかった」
…そんな失意の時から、彼の人生をここまで元気で前向きに変えてくれた「出会い」は、誰の人生にも必ずあるはず。彼はまるで、そう私たちに教えてくれているようです。
※ ライツのホームページより